本日読んだ本
『サガン 疾走する生』マリー=ドミニク・ルリエーヴル(永田千奈訳)(阪急コミュニケーションズ)¥2,000 フランソワーズ・サガンが好きだなんて書くとちょっと女々し感じがしそうであまり口外したことはない。 厳密には好きだった頃があると書いた方が正しい。 ハマったのはかなり昔で高校生の頃だったかもしれない。 次から次へとサガン作品を読みあさり、あまりにも急激に読み過ぎてどの話がどの小説だったのか今となってはハッキリ覚えて居なかったりする。(汗) 今回何かの書評でこの本を見つけて取り寄せ、久し振りに当時のことを少し思い出した。 実はサガンの名前で一番最初に頭に浮かぶイメージは彼女の書いたどの小説よりもアストンマーチンだったりする。 実生活のハチャメチャ振りがあってこその彼女の文章の魅力だったのかもしれない。 今回伝記本を読んでみようと言う気になったのも、そのアストンマーチンの事故の件がどう書かれているのかが気になったというのも動機の一つ。 以下、本文よりスピードの陶酔についてサガンが語っている部分を抜粋。 ------------------------- 「両脇のプラタナスが真っ平らになる。夜ならば、ガソリンスタンドのネオン表示が尾を引き、歪んで見える。タイヤのきしむ音も聞こえなくなり、無音の世界が訪れる。苦しみも忘れられる。叶わぬ恋で苦しんでいても、時速200キロで走れば、その苦しみが和らぐ」 たんなる移動手段ではなく、詩的なまでの感情や感覚、官能をともなう車。サガンにとって車は自分を空っぽにし、日常と異なる時間、空間へ行くための道具だった。自我を忘れるには、スピードが必要だった。 ------------------------- この本とタイアップなのか こんな映画 も公開されるようだ。