無題
昨日、今日とバカみたいにテレビを見続けている。
普段テレビは見ないので一生のうちでこんなにテレビに釘付けなのは初めてかも知れない。
暖房する部屋を一部屋に制限するという意味でも書斎を放棄してリビングに居座っているのだけど、とにかくテレビを見続けている。
ただし、被災者にインタビューするシーンはすぐにチャンネルを変える。
目を背けているのではない。
聞く側(仕事とは言え)の想像力の欠如が見るに耐えないからだ。
今まで多数の犠牲者を生んだ人災、天災のニュースには何度も接して来たはずだ。
でも何処か今回は違う。
シャワーを浴びると暖かい風呂に入れない人達の事を、トイレに入ると水が流せない人達の事を、食事をすると暖かい物を食べられない人達の事を考えてしまう。
あの揺れの中でこのまま建物が倒壊して下敷きになるのでは?という生命の危機を初めて感じたからかもしれない。
家財に実害がでる程の地震を物心ついてから初めて経験したからかもしれない。
家族の無事が確認できない長い時間があったからかもしれない。
どこか人ごととは思えず、単に自分自身がラッキーだっただけに過ぎないという負い目のようなものを感じている。
翻って考えれば今まで想像力が欠如していたのは自分なのだ。
節電、外出自粛、義援金、その他できることから始めよう。
普段テレビは見ないので一生のうちでこんなにテレビに釘付けなのは初めてかも知れない。
暖房する部屋を一部屋に制限するという意味でも書斎を放棄してリビングに居座っているのだけど、とにかくテレビを見続けている。
ただし、被災者にインタビューするシーンはすぐにチャンネルを変える。
目を背けているのではない。
聞く側(仕事とは言え)の想像力の欠如が見るに耐えないからだ。
今まで多数の犠牲者を生んだ人災、天災のニュースには何度も接して来たはずだ。
でも何処か今回は違う。
シャワーを浴びると暖かい風呂に入れない人達の事を、トイレに入ると水が流せない人達の事を、食事をすると暖かい物を食べられない人達の事を考えてしまう。
あの揺れの中でこのまま建物が倒壊して下敷きになるのでは?という生命の危機を初めて感じたからかもしれない。
家財に実害がでる程の地震を物心ついてから初めて経験したからかもしれない。
家族の無事が確認できない長い時間があったからかもしれない。
どこか人ごととは思えず、単に自分自身がラッキーだっただけに過ぎないという負い目のようなものを感じている。
翻って考えれば今まで想像力が欠如していたのは自分なのだ。
節電、外出自粛、義援金、その他できることから始めよう。
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