経験してみなければ分からない事


常磐線荒川沖駅で起きた通り魔事件。
荒川沖駅と言えば筑波宇宙センターの最寄り駅で、電車で行く場合には利用することも考えられるので何となく他人事とは思えない。
幸い車でしか行った事ないけど。
この事件に関するTVニュースを見て気付いたことがある。

このような事件の報道で被害者の遺族に対するインタビューを目にする機会は少なくない。
今まで、ちょっとした違和感を覚えたことがあった。
インタビューを受ける遺族が妙に気丈だったり、時には笑顔さえ交える姿を目にする事がある。
なんでこんなに気丈に振る舞えるのか!?というのが疑問だったんだけど、昨日まで普通に生きていた家族が突然居なくなるという似たような経験をしてみて初めて分かった。
彼らは特別に気丈な人間というわけではなく、極めて自然な姿なのだ。
つまり、自分の身に突然降り掛かった状況を現実としてピンと来ていないというか認識できていない(認識したくない)だけなのだ。
だから変に気丈に振る舞えたり、笑顔を交えて話したりできる。
彼らが特別に気丈だったり異常な訳ではなく、そんな状況の遺族にインタビューする感覚の方がよほど異常なだけだ。
多分、似たようなニュース映像で違和感を覚えた経験をした事のある人もいるだろう。でも、勘違いしない方がいいみたい。それは全然異質な事じゃない。こればっかりは経験してみないと分からない。
時間の経過とともに現実なんだと気付かされる度に深い悲しみに捕われる。
どうやら人間はそのようにできているらしい。

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